更級日記 - 26 京にかへり出づるに

京にかへり出づるに、わたりし時は、水ばかり見えし田どもも、みな刈り果ててげり。
苗代の水かげばかり見えし田の刈り果つるまでなが居しにけり
十月晦日がたに、あからさまに來て見れば、こぐらう茂りし木の葉ども、のこりなく散りみだれて、いみじくあはれげに見え渡りて、心地よげにさゞらぎ〔さらと流るゝ〕流れし水も、木の葉うづもれて、跡ばかり見ゆ。
水さへにすみ絶えにけり木の葉ちるあらしのやまの心ぼそさに
そこなる尼に、「春まで命あらば必ず來む。花さかりはまづ告げよ」などいひて歸りにしを、年かへりて〔萬壽二年〕、三月(やよひ)十餘日(とをかあまり)になるまで音もせねば、
契りおきし花のさかりをつげぬかな春やまだ來ぬ花やにほはぬ
旅なる所に來て、月のころ竹のもと近くて、風の音に目のみ覺めて、うちとけて寢られぬ比、
竹の葉のそよぐ〔續拾遺集に入る、「さやぐ」とあり〕夜ごとに寢ざめして何ともなきにものぞ悲しき
秋のころ、そこを立ちて、外(ほか)へうつろひて、その主(あるじ)に、
いづことも露のあはれはわかれじを淺茅がはらの秋ぞこひしき

更級日記 - 27 繼母なりし人