更級日記 - 51 年月は過ぎかはり行けど

年月(としつき)は過ぎかはり行けど、夢のやうなりしほどを思ひ出づれば、心地もまどひ、目もかきくらすやうなれば、その程のことは、又さだかにも覺えず。人々は皆外(ほか)にすみあかれて、故郷にひとり、いみじう心ぼそく悲しくて、眺めあかし侘びて、久しうおとづれぬ人に、
茂りゆくよもぎが露にそぼちつつ人に問はれぬ音をのみぞ泣く
尼なる人なり。
世のつねの宿のよもぎに思ひやれそむき果てたる庭のくさむら
更科日記 終