世の中に、長恨歌〔白樂天が唐玄宗と楊貴妃との契を作れる詩〕といふ文を、物語に書きてある所あンなりと聞くに、いみじうゆかしけれど、え言ひよらぬに、さるべき便(たより)をたづねて、七月(ふみづき)七日(なぬか)いひやる。
契りけむむかしの今日〔七月七日玄宗帝楊貴妃と長生殿に契る〕のゆかしきに天のかは浪うち出づるかな
かへし、
たちいづる天の河邊のゆかしさにつねはゆゆしき事もわすれぬ
その十三日の夜の月、いみじく隈なくあかきに、皆人も寢たる夜中ばかりに、縁に出で居て、あねなる人、空をつく〴〵とながめて、「只今ゆくへなく飛びうせなば、いかゞ思ふべき」〔姉の詞〕と問ふに、なまおそろしと思へる氣色を見て、他事(ことごと)にいひなして、笑ひなどして聞けば、かたはらなる所に、先おふ車とまりて、「荻の葉〳〵〔女の名なるべし〕」と呼ばすれど、答(こた)へざンなり。呼びわづらひて、笛をいとをかしく吹きすまして過ぎぬなり。
笛の音のただ秋かぜときこゆるになど荻の葉のそよとこたへぬ
といひたれば、實にとて、
荻の葉の答ふるまでも吹きよらでただに過ぎぬる笛の音ぞうき
斯樣に明くるまで詠めあかいて、夜明けてぞ皆人寢(ね)ぬる。



