更級日記 - 23 その五月の朔日に

その五月(さつき)の朔日に、あねなる人、子うみてなくなりぬ。よその事だに〔他人にても〕、をさなくよりいみじく哀とおもひ渡るに、まして言はむかたなく、あはれ悲しと思ひなげかる。母などは、皆なくなりたる方にあるに、形見に〔姉の〕とまりたる、幼き人々を左右にふせたるに、荒れたる板屋の隙(ひま)より月のもり來て、兒の顔にあたりたるが、いとゆゝしく覺ゆれば、袖をうちおほひて、今一人をもかきよせて思ふぞいみじきや。そのほど過ぎて、親族なる人のもとより、昔の人〔うせにし姉〕の必ずもとめておこせよ、とありしかば、もとめしに、その折はえ見出でずなりにしを、今しも人のおこせたるが、あはれに悲しき事とて、かばねたづぬるみやといふ物語をおこせたり。まことに哀なるや。返事に、
うづもれぬかばねを何にたづねけむ苔の下には身こそなりぬれ
乳母なりし人、今は何につけてかがな、と泣くもとありける所にかへり渡るに、
「故郷にかくこそ人はかへりけれあはれ如何なるわかれなりけむ
昔の形見には、いかでとなむ思ふ」など書きて、「硯の水のこほれば、皆とぢられて、とゞめつ」と言ひたるに、
かき流すあとはつららにとぢてけり何を忘れぬかたみとか見む
といひやりたる返事に、
なぐさむるかたもなぎさの濱千鳥何かうき世にあともとどめむ〔玉葉集雜五にあり〕
この乳母、墓所(はかどころ)見て泣く歸りたりし。
のぼりけむ野邊は烟(けぶり)もなかりけりいづこをはか〔當、墓所〕と尋ねてか見し
これを聞きて、繼母なりし人、
そこはかと知りて行かねどさきにたつ涙ぞ道のしるべなりける
かばねたづぬるみや、おこせたりし人、
すみ馴れぬ野邊の笹原あとはかも泣く泣くいかに尋ね侘びけむ
これを見て、兄〔定義朝臣〕は、その夜おくりに行きたりしかば、
見しままに燃えしけぶりの盡きにしをいかが尋ねし野邊の笹原
雪の日を經て降るころ、吉野山に住む尼君を思ひやる。
雪ふりてまれの人めも絶えぬらむよし野の山のみねのかけみち

更級日記 - 24 かへる年正月の司召に