更級日記 - 34 十月になりて、京にうつろふ

十月(かみなづき)になりて、京にうつろふ。母尼になりて、おなじ家の内なれど、かたことに〔別々に〕住み離れてあり。父(てゝ)は、唯我を大人にしすゑて、我は世にもいでまじらはず、蔭にかくれたらむやうにて居たるを、見るもたのもしげなく心細く覺ゆるに、聞し召すゆかりある所〔祐子内親王〕に、何となく徒然に心細くてあらむよりは、と召すを、古代のおやは、宮仕人はいと憂きことなり、と思ひて過ぐさするを、今の世の人は、さのみこそはいでたて、さてもおのづからよき例もあり。さてもこゝろみよ、といふ人々ありて、しぶに出(いだ)したてらる。まづ一夜まゐる。菊の濃く薄き八ばかりに、濃き掻練(かいねり)〔かさね〕をうへに著たり。さこそ物語にのみ心を入れて、それを見るより外に、行き通ふるゐ〔一類、同族〕、親族(しぞく)などだに殊になく、こだいの親どもの影ばかりにて、月をも花をも見るより外の事はなきならひに立ちいづるほどの心地、あれにもあらず現とも覺えで、曉にはまかンでぬ。さとびたる心地には、なか定りたる里住よりは、をかしきことをも見聞きて、心も慰みやせむと思ふをりをりありしを、いとはしたなくて〔手持無沙汰にて〕悲しかるべき事にこそあるべかンめれ、と思へどいかゞせむ。十二月(しはす)になりて又まゐる。局して此度は日比さぶらふ。うへには、時々夜々ものぼりて、知らぬ人の中にうち臥して、つゆ〔少しも〕まどろまれず。恥しう物のつゝましきまゝに、忍びてうち泣かれつゝ、曉には夜ぶかくおりて、日くらして、この老い衰へて、我を子としも頼しからむかげのやうに、おもひ頼みむかひ居たるに、戀しく覺束なくのみ覺ゆ。
母なくなりにし姪(めひ)どもも、生れしよりひとつにて、夜は左右(ひだりみぎ)に臥し起きするも、あはれに思ひ出でられなどして、心もそらに咏め暮さる。立聞きかいまむ〔覗き見る〕人のけはひして、いといみじく物つゝまし〔恥かし〕。十日ばかりありて退出(まかで)たれば〔三條宮より〕、父母(てゝはゝ)、炭櫃に火などおこして待ち居たりけり。車より降りたるをうち見て、「おはする時こそ、人めも見え、さぶらひなどもありけれ、この日比は人聲もせず、前に人かげも見えず、いと心ぼそく侘しかりつる。かうで〔斯くて〕のみも、まろが身をば如何がせむとかする」とうち泣くを見るもいとかなし。翌朝も、「今日はかくておはすれば、内外(うちと)人おほく、こよなく賑(にぎは)しくもなりたるかな」とうちいひて對ひ居たるも、いと哀に、何のにほひのあるにか、と涙ぐましう聞ゆ。

更級日記 - 35 ひじりなどすら