更級日記 - 43 二三年、四五年へだてたる事を

二三年、四五年へだてたる事を次第もなく書きつゞくれば、やがてつゞきだちたる修行者(すぎゃうざ)めきたれど、さにはあらず。年月へだたれる事なり。春ごろ鞍馬に籠りたり。山際かすみわたり長閑なるに、山の方より僅にところ〔野生の薯蕷〕など掘りもて來るもをかし。出づる道は、花も皆散り果てにければ、何ともなきを、十月(かんなづき)ばかりにまうづるに、道のほど山の氣色、この比はいみじうぞ勝るものなりける。山の端、錦をひろげたるやうなり。たぎりて流れゆく水、水晶をちらす樣にわきかへるなど、いづれにも勝れたり。まうで著きて、僧坊にいき著きたるほど、かきしぐれたる紅葉の、たぐひなくぞ見ゆるや。
おく山の紅葉のにしき外よりも如何にしぐれてふかくそめけむ
とぞ見やらるゝ、二年ばかりありて、また石山に籠りたれば、夜もすがら雨ぞいみじく降る。旅居は雨いとむづかしきものと聞きて、蔀を押しあげて見れば、有明の月、谷の底さへ曇りなく澄みわたり、雨と聞えつるは、木の根より水の流るゝ音なり。
たに川のながれはあめと聞ゆれどほかよりけなる〔まさる〕ありあけの月

更級日記 - 44 また初瀬にまうづれば