更級日記 - 44 また初瀬にまうづれば

また初瀬にまうづれば、初にこよなく物たのもし。處々にまうけ〔饗應〕などして行きもやらず。山城國、柞(はゝそ)の杜(もり)などに、紅葉いとをかしき程なり。初瀬川わたるに、
初瀬川立ちかへりつつたづぬれば杉のしるしもこのたびや見む
と思ふもいとたのもし。三日さぶらひて罷(まかん)でぬれば、例の奈良坂のこなたに、小家などに、此度はいと類ひろければ〔仲間大勢なれば〕、え宿るまじうて、野中にかりそめに庵(いほ)つくりて居ゑたれば、人はたゞ野に居て夜をあかす。草のうへに行縢(むかばき)などをうち敷きて、うへに蓆(むしろ)を敷きて、いとはかなくて夜を明す。頭もしとゞに露おく。曉方の月のいといみじく澄みわたりてよに知らずをかし。
ゆくへなき旅のそらにもおくれぬは都にて見しありあけの月
何事も心にかなはぬ事もなきまゝに、かやうに立ち離れたる物詣をしても、道のほどををかしとも苦しとも見るに、おのづから心も慰め、さりともたのもしう、さしあたりて歎かしなど覺ゆる事どもないまゝに、唯をさなき人々を、いつしか思ふ樣(さま)にしたてて見むと思ふに、年月の過ぎ行くを心もとなく、たのむ人〔夫の君〕だに人のやうなる喜しては、とのみ思ひわたる心地たのもしかし。

更級日記 - 45 古いみじうかたらひ