更級日記 - 45 古いみじうかたらひ

古いみじうかたらひ、夜晝歌などよみかはしさぶらふ人のありありても、いと昔のやうにこそあらね、絶えずいひわたる。越前守のよめにて下りしが、書き絶え音もせぬに、辛うじてたより尋ねて、これより〔孝標の女の方より〕、
たえざりし思ひもいまは絶えにけり越のわたりの雪のふかさに
といひたる返事に、
白山(しらやま)のゆきのしたなるさざれ石〔小石〕の中(うち)のおもひは消えむものかは
三月(やよひ)の朔日ごろに、西山の奧なる所にいきたる、人目も見えず、のどと霞みわたりたるに、あはれに心細く、花ばかり咲きみだれたり。
里とほみあまりおくなるやま路には花見にとても人來ざりけり
世中むづかしう覺ゆるころ、太秦にこもりたるに、宮にかたらひ聞ゆる人の御許より文ある。返事聞ゆるほどに、鐘の音の聞ゆれば、
しげかりしうき世のことも忘られず入相の鐘のこころぼそさに
と書きて遣りつ。

更級日記 - 46 うらくとのどかなる宮にて