うら〳〵とのどかなる宮にて、おなじ心なる人三人(みたり)ばかり、物語などして罷出(まかんで)て、又の日つれ〴〵なるまゝに、戀しう思ひ出でらるれば、二人が中に、
袖ぬるるあらいそ波と知りながらともにかづき〔水中に泳ぎ入ること〕をせしぞ戀しき
と聞えたれば、
あら磯はあされど何のかひなくてうしほに濕(ぬ)るるあまの袖かな
いま一人、
みるめ〔海松、海草〕生ふる浦にあらずば荒磯のなみまかぞふる蜑もあらじを
おなじ心に斯樣にいひかはし、世中の憂きも辛きもをかしきも、互(かたみ)に言ひかたらふ人、筑前にくだりて後、月のいみじう明きに、かやうなりし夜、宮にまゐりて、あひては露まどろまず、眺めあかしゝものを、戀しく思ひつゝ寢入りにけり。宮にまゐりあひて、現にありし樣にてありと見てうち驚きたれば、夢なりけり。月も山の端近うなりにけり。さめざらましを〔「思ひつゝぬればや人の見えつらむ夢と知りせばさめざらましを」小町の歌〕と、いとゞ詠められて、
夢さめて寢ざめのとこのうくばかり戀ひきと告げよ西へゆく月